日記・コラム・つぶやき

キャラのネーミングについてその2

少し話が長くなってしまうのですけど、もうちょっとキャラのネーミングについて。


ところで、キャラクターの名前は大体において漫画家に任されることが多いのだけれど、主人公の名前なんかには「これだけは」とこだわりを見せる編集者の方も多い。

僕が経験した話だと、今から10年くらい前、新連載開始にあたって、編集さんの方から「主人公の名前はこれで行きたいんだけど」とある名前が提示されてきたことがあった。

カラーページが入稿された後で、スケジュール的にはぎりぎりだったのだけれど、僕にはその名前が今ひとつしっくりこなかったので、話し合って、別の名前にしてもらった。

ところが掲載された号が発売になってみると、なんとばっちり最初の名前が印刷されていた。
編集さんとしてはおそらく見切り発車で、僕には事後承諾を求めるつもりで、最初の名前を入稿してしまっていたに違いない。
カラーページは、本文よりも1週間程度先に入稿するというスケジュール上の決まりが産んだ悲劇である。

おかげで僕の漫画の主人公は、第1話からカラーページと本文で違う名前を名乗るという、情けないはめになってしまったのだった。とほほ。

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キャラのネーミングについて

先日、録画しておいたとある春の新作アニメ(*)を仕事しながら見ていたら、突然、耳に「アキユキ!」という名前が飛び込んできてびっくりした。
思わず画面を見ると、どうやら主人公の名前らしいのだが、続いて「フルイチ!」とか「リュウゾウ先生!」とか、同じく聞きおぼえのある単語がばんばん飛び出してきて、さらに驚くこととなった。

というのは、そうした名前は、そっくり中上健次氏の小説の登場人物の名前だからである。
しかも氏の代表作、紀州サーガ3部作(「岬」、「枯木灘」、「地の果て至上の時」)の主人公達の名前から、そのまま取られている。

こういうのは、ファンとしてはちょっぴり複雑である。
というのは、スタッフに好きな人がいて、オマージュを捧げたいというのは分かるのだけれど、中上ファンならむしろ、日本文学史上に伝説的な輝きを放つ「秋幸」という名前を、自分の作品の主人公につけるなんて、恐れ多くて出来ないんじゃないかと思うからである。

あやかりたいという気持ちは分かっても、「フサ」や「龍造」というキャラクターを、そのまま秋幸の両親に設定してしまうのは、やはり少々やり過ぎではなかろうか?
作品自体はとても面白かったのだけれど。


。。。とかなんとか言いながら、自分でも時々やってしまうので恐ろしい。

「乱飛乱外」の主人公の「刀雷蔵」は夭折した伝説の映画俳優「市川雷蔵」から取ったし、「姫丸」は白戸三平先生の漫画に出てくるキャラクターである。
「忍法秘話」に「男同士がくの一の術比べをする」という馬鹿馬鹿しい話があって、子供心にそれが大好きで、よく覚えていた。
で、結局これ以上ぴったりの名前を思いつかなかったのである。

。。。ホント他人事ではないです。反省。


まあ僕の場合、こういう元ネタがはっきりしているのはむしろ例外で、基本的には時代劇用語とか地名とか、剣術用語とかからつまんで、音の響き優先ですぱっと決めてしまうことの方が多い。

「暗号名はBF」という作品ではスパイ→スパイスという語呂合わせから(涙)、香辛料やハーブから名前をとった。こういう言葉遊びは面白くて、結構好きである。


この話に関して、ちょっと面白い話を思い出したのだけれど、長くなってきたので次回に続きます。


(*)ちなみにこのアニメはとっくの昔に全話放送されて、現在流れているのは再放送だということです。

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SとかMとか

みなさんは飲み屋で女性陣の話題をさらう、という経験をしたことがありますか?
僕はあります。生涯ただ一度きりだけだけど。

あれは出版社の年末のパーティの3次会で、宴もたけなわ、といったころだったと思う。


ふと僕が、「あのさ、作品を読むと、描いている人がSだかMだか分かるような気がしませんか?Sだったらひたすら主人公を虐めたおすとか、Mだったらひたすら虐めに耐え忍ぶ主人公を描くとか。。。(良く考えるとこれどっちも同じだな)」とかなんとか適当なことをいったら、「えっ、ホントですか!?」とその場にいた女性作家さん一同が、驚くほど食い付いたのだ。

そこから、「ほら、あなたのキャラってよく虐められてるから、あなたMなんじゃない?」とか「でもあたし、どっちかっつーと虐める方に感情移入してんだけどなー」。。。という感じで場がひとしきり盛り上がった。
ああいうのはいいものである。なんだか自分が良いことをしたような気がする。


さて、話題を提供した僕はどうかというと、「ややS」くらいな感じだと思う。
ただ、漫画家である限りは、少々のMっ気がないと勤まらないので、差引「ノーマル」くらいなものではないだろうか。

こんな風に描くと、「漫画家にMっ気?あんたに?はあ?」とその筋から文句が出てきそうである。
しかし、どんな偉い漫画家さんだって、ネームの段階で(もしくは完成原稿になってからも)編集さんのチェックを受けるし、その時には「ああ、あそこを直されはしまいか」とか「『こんな漫画、うちの雑誌に載せられるかよ!』とか言って、ネームを机に叩き付けられはしまいか」とか考えながら、小鳥のように心をびくつかせているのである。

だいたい、今を時めく浦沢直樹さんだって、NHKの「プロフェッショナル〜仕事の流儀」なんかを見ると、担当の長崎尚志さんに、「あのさあ、浦沢さんさあ、ここの手のアップ、手の置き方が違うんだよね。バン!って叩き付けるんじゃなくて、そうっと置く感じに直してくれないかなあ」なんて言われて、泣く泣く完成原稿を直したりしているのである。
こういう商売が、なにかにつけて状況をコントロールしたがる、真性のSに勤まるものかと思う。


もちろん物事には例外があるもので、真性のSでも、立派に漫画家として活動してらっしゃる方もいる。
伝え聞くところによると、某世界一売れている漫画雑誌に、長く連載をなさっていた某先生は、アシスタントを虐めるそうである。
それも、何人かいるスタッフのうち、「今週はこいつ」と決めて、1週間、その人を虐め続けるそうである。
で、翌週はまた別の人が、という感じでえんえん続いて行く。。。らしい。

毎週変わっているだけましなのかもしれないけど、こういうのは雇われている側からするとたまったものではない。
僕はアシスタント歴が長かったので、こういう話を聞くと本当に腹が立つ。。。というか、お腹が痛くなる。しくしく。
DV(ドメスティックヴァイオレンス)の負の連鎖が、漫画界にもしっかり形をかえて存在しているのである。
怖いですね。


さて、なぜこんな話題をいきなりしたかというと、いま描いている、「乱飛乱外」の新章に出てくるキャラクターが強烈なSキャラだからである。

登場まで乞うご期待、かなり楽しんで描けましたから。。。なんていうと問題ありそうだけど。

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ペンネームについて

アシスタントのまいたけさんが電撃大王という雑誌で連載を始めました。
タイトルは「大奥チャカポン!」。
ふざけたタイトルだとお思いでしょうが、中身もふざけています。
とても楽しいので、良ければ皆さん読んであげて下さい。

ちなみに、このまいたけというペンネームの由来は、過ぎ去りし青春の頃、好きだった先輩に告白した際、うつむいた視線の先の足もとに、可憐なまいたけが咲いていたから。。。ではなく、単に大好物だからだそうである(しんみりした人ごめんなさい)。


仮にもペンネームをそんな簡単に決めてよいものか?みなさんとお思いになるかもしれないが、大体そんなものである。
彼女の場合、決めかねて思考が1周も2周もした結果、「もういいや!」という感じで大好物に落ちついてしまったんだろうと思う。気持ちは良く分かる。


かくいう僕も、一身上の都合でペンネームをつけることになったときはかなり悩んで、結局自分で決めかねて、母親を通じて知り合いの牧師さんにつけてもらった。

それが「ほさな」である。

当初は「神様への呼び掛けの言葉である」と聞かされ、ふーむ、なかなかご利益がありそうだ、ということで喜んでいたのだけれど、後にイエス・キリストがエルサレムに入場した際、「おお!救いたまえ」と民衆が歓呼して叫んだ言葉だということを知って、実になんとも恐れ多く、畏まることになってしまった。
それではペンネームを口にする度に、大仰に神にむかって救いを求めているようなものではないか?

で、ご利益の方だけど、それ以来良いことも悪いこともあり過ぎたので、結果としてはあったかどうだか良く分からない。
神様としても、毎回救いを求めてくるやつを相手に、どうしてよいかはなはだ思案にくれた結果、こういう扱いになったのかとも思う。


そう考えると、ペンネームもあまり凝らず、「大好物」くらいにしておいた方が無難であるかと思う。
僕の場合は。。。「コロッケ」。これじゃ芸能人ですね。


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はじめまして

『作家は常に理解されたいと思っているのである。にもかかわらず黙っているのは、発言することで逆に理解を困難にしたり歪めたりするのではないかと思うので黙っているのである。』(大島渚)


えーと、はじめまして、田中ほさなです。
軽く自己紹介をさせていただきますと漫画家です。
今は月刊少年シリウスという雑誌で、「乱飛乱外」という漫画を描いています。

さて、いきなり引用から始まってごめんなさい。
でもブログを始めるにあたって、もしくは今まで始めなかったことに対して、これほど僕の心境をあらわしている言葉もないよなー、と思い引用させていただきました。


作家にとって一番怖いのは、自分の発言から作品に対する正解を探されて、「この作品はこういうことを言っているのだ!」という結論に、読者を知らずして誘導してしまうことである。

作品の解釈の幅を狭めてしまうことは、自ら作品を矮小化させてしまうことに他ならない。

読者のみなさんが、せっかくそれぞれ、いろいろな形に作品を受け取ってくれているというのに、出来うることなら、そんなもったいないことは避けたい。


じゃあそういう心境から、一歩進んでブログをやる気になったのはなぜなのか?と問われると、近年、周囲の状況をかんがみるに、今やネットと作家が没交渉であることは許されない世の中になりつつある!と決然と思い立ち、というのは嘘で、知り合いの漫画家、白井三二郎さんがブログを始めたと担当さんから伝え聞いて、いわれのない対抗意識に火がついたからである。


という訳で、解釈の幅をせばめない範囲で、いろいろ書いて行きたいと思います。
なにぶん初心者ですので、暖かい目で見守ってもらえるとうれしいです。

乱飛乱外 6 (6) (シリウスコミックス)



乱飛乱外 6 (6) (シリウスコミックス)


著者:田中 ほさな



乱飛乱外 6 (6) (シリウスコミックス)


暗号名はBF 3 (3) (少年サンデーコミックス)



暗号名はBF 3 (3) (少年サンデーコミックス)


著者:田中 保左奈



暗号名はBF 3 (3) (少年サンデーコミックス)

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